の、裳《もすそ》を引いたの、鼈甲《べっこう》の櫛《くし》の照々《てらてら》する、銀の簪《かんざし》の揺々《ゆらゆら》するのが、真白な脛《はぎ》も露わに、友染《ゆうぜん》の花の幻めいて、雨具もなしに、びしゃびしゃと、跣足《はだし》で田舎の、山近《やまぢか》な町の暗夜《やみよ》を辿《たど》る風情《ふぜい》が、雨戸の破目《やぶれめ》を朦朧《もうろう》として透《す》いて見えた。
 それも科学の権威である。物理書というのを力に、幼い眼《まなこ》を眩《くら》まして、その美しい姉様たちを、ぼったて、ぼったて、叩き出した、黒表紙のその状《さま》を、後《のち》に思えば鬼であろう。
 台所の灯《ともしび》は、遙《はるか》に奥山家《おくやまが》の孤家《ひとつや》の如くに点《とも》れている。
 トその壁の上を窓から覗《のぞ》いて、風にも雨にも、ばさばさと髪を揺《ゆす》って、団扇《うちわ》の骨ばかりな顔を出す……隣の空地の棕櫚《しゅろ》の樹が、その夜は妙に寂《しん》として気勢《けはい》も聞えぬ。
 鼠も寂莫《ひっそり》と音を潜《ひそ》めた。……

       八

 台所と、この上框《あがりがまち》とを隔ての
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