ど。」
「他の事ではない、あの子も喜ぼう。」
「それでは、母親《おっかさん》、御苦労でございます。」
「何んの、お前。」
と納戸《なんど》へ入って、戸棚から持出した風呂敷包《ふろしきづつみ》が、その錦絵《にしきえ》で、国貞《くにさだ》の画が二百余枚、虫干《むしぼし》の時、雛祭《ひなまつり》、秋の長夜《ながよ》のおりおりごとに、馴染《なじみ》の姉様《あねさま》三千で、下谷《したや》の伊達者《だてしゃ》、深川《ふかがわ》の婀娜者《あだもの》が沢山《たんと》いる。
祖母《おばあ》さんは下に置いて、
「一度見さっしゃるか。」と親父に言った。
「いや、見ますまい。」
と顔を背向《そむ》ける。
祖母《としより》は解《ほど》き掛《か》けた結目《むすびめ》を、そのまま結《ゆわ》えて、ちょいと襟《えり》を引合わせた。細い半襟《はんえり》の半纏《はんてん》の袖《そで》の下に抱《かか》えて、店のはずれを板の間から、土間へ下りようとして、暗い処《ところ》で、
「可哀《かわい》やの、姉様《あねさま》たち。私《わし》が許《もと》を離れてもの、蜘蛛男《くもおとこ》に買われさっしゃるな、二股坂《ふたまたざか》
前へ
次へ
全47ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング