だんまり》。
ちょっと取着端《とりつきは》がないから、
「だって、欲《ほし》いんだもの。」と言い棄てに、ちょこちょこと板の間《ま》を伝って、だだッ広い、寒い台所へ行《ゆ》く、と向うの隅《すみ》に、霜《しも》が見える……祖母《おばあ》さんが頭巾《ずきん》もなしの真白な小さなおばこで、皿小鉢を、がちがちと冷《つめた》い音で洗ってござる。
「買っとくれよ、よう。」
と聞分《ききわ》けもなく織次がその袂《たもと》にぶら下った。流《ながし》は高い。走りもとの破れた芥箱《ごみばこ》の上下《うえした》を、ちょろちょろと鼠が走って、豆洋燈《まめランプ》が蜘蛛《くも》の巣の中に茫《ぼう》とある……
「よう、買っとくれよ、お弁当は梅干《うめぼし》で可《い》いからさ。」
祖母《としより》は、顔を見て、しばらく黙って、
「おお、どうにかして進ぜよう。」
と洗いさした茶碗をそのまま、前垂《まえだれ》で手を拭《ふ》き拭き、氷のような板の間を、店の畳へ引返《ひきかえ》して、火鉢の前へ、力なげに膝をついて、背後《うしろ》向きに、まだ俯向《うつむ》いたなりの親父を見向いて、
「の、そうさっしゃいよ。」
「なるほ
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