んの。」
 と女房、胸を前へ、手を畳にす。
 織次は巻莨《まきたばこ》を、ぐいと、さし捨てて、
「持つもんですか。」
「織さん。」
 と平吉は薄く刈揃《かりそろ》えた頭を掉《ふ》って、目を据《す》えた。
「まだ、貴下《あなた》、そんな事を言っていますね。持つものか! なんて貴下《あなた》、一生持たないでどうなさる。……また、こりゃお亡くなんなすった父様《おとっさん》に代《かわ》って、一説法《ひとせっぽう》せにゃならん。例の晩酌《ばんしゃく》の時と言うとはじまって、貴下《あなた》が殊《こと》の外《ほか》弱らせられたね。あれを一つ遣《や》りやしょう。」
 と片手で小膝をポンと敲《たた》き、
「飲みながらが可《い》い、召飯《めしあが》りながら聴聞《ちょうもん》をなさい。これえ、何を、お銚子《ちょうし》を早く。」
「唯《はい》、もう燗《つ》けてござりえす。」と女房が腰を浮かす、その裾端折《すそはしょり》で。
 織次は、酔った勢《いきおい》で、とも思う事があったので、黙っていた。
「ぬたをの……今、私《わっし》が擂鉢《すりばち》に拵《こしら》えて置いた、あれを、鉢に入れて、小皿を二つ、可《い》い
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