。手前が何しますにつけて、これもまた、学校に縁遠《えんどお》い方だったものでえすから、暑さ寒さの御見舞だけと申すのが、書けないものには、飛んだどうも、実印《じついん》を捺《お》しますより、事も大層になります処《ところ》から、何とも申訳《もうしわけ》がございやせん。
 何しろ、まあ、御緩《ごゆる》りなすって、いずれ今晩は手前どもへ御一泊下さいましょうで。」
 と膝をすっと手先で撫《な》でて、取澄《とりす》ました風をしたのは、それに極《きま》った、という体《てい》を、仕方で見せたものである。 
「串戯《じょうだん》じゃない。」と余りその見透《みえす》いた世辞の苦々《にがにが》しさに、織次は我知らず打棄《うっちゃ》るように言った。些《ち》とその言《ことば》が激しかったか、
「え。」と、聞直《ききなお》すようにしたが、忽《たちま》ち唇の薄笑《うすわらい》。
「ははあ、御同伴《おつれ》の奥さんがお待兼《まちか》ねで。」
「串戯じゃない。」
 と今度は穏《おだや》かに微笑《ほほえ》んで、
「そんなものがあるものかね。」
「そんなものとは?」
「貴下《あなた》、まだ奥様《おくさん》はお持ちなさりませ
前へ 次へ
全47ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング