う時、織次は巻莨《まきたばこ》を火鉢にさして俯向《うつむ》いて莞爾《にっこり》した。面色《おももち》は凛《りん》としながら優《やさ》しかった。
「粗末なお茶でございます、直ぐに、あの、入《いれ》かえますけれど、お一《ひと》ツ。」
 と女房が、茶の室《ま》から、半身を摺《ず》らして出た。
「これえ、私《わっし》が事を意気な男だとお言いなさるぜ、御馳走《ごちそう》をしなけりゃ不可《いか》んね。」
「あれ、もし、お膝に。」と、うっかり平吉の言う事も聞落《ききおと》したらしかったのが、織次が膝に落ちた吸殻《すいがら》の灰を弾《はじ》いて、はっとしたように瞼《まぶた》を染めた。

       六

「さて、どうも更《あらたま》りましては、何んとも申訳《もうしわけ》のない御無沙汰《ごぶさた》で。否《いえ》、もう、そりゃ実に、烏《からす》の鳴かぬ日はあっても、お噂《うわさ》をしない日はありませんが、なあ、これえ。」
「ええ。」と言った女房の顔色の寂《さび》しいので、烏ばかり鳴くのが分る。が、別に織次は噂をされようとも思わなかった。
 平吉は畳《たた》み掛《か》け、
「牛は牛づれとか言うんでえしょう
前へ 次へ
全47ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング