屋《かっぱや》、は面白い。……まだこの時も、渋紙《しぶかみ》の暖簾《のれん》が懸《かか》った。
 折から人通りが二、三人――中の一人が、彼の前を行過《ゆきす》ぎて、フト見返って、またひょいひょいと尻軽に歩行出《あるきだ》した時、織次は帽子の庇《ひさし》を下げたが、瞳《ひとみ》を屹《きっ》と、溝の前から、件《くだん》の小北の店を透かした。
 此処《ここ》にまた立留《たちどま》って、少時《しばらく》猶予《ためら》っていたのである。
 木格子《きごうし》の中に硝子戸《がらすど》を入れた店の、仕事の道具は見透《みえす》いたが、弟子の前垂《まえだれ》も見えず、主人《あるじ》の平吉が半纏《はんてん》も見えぬ。
 羽織の袖口《そでくち》両方が、胸にぐいと上《あが》るように両腕を組むと、身体《からだ》に勢《いきおい》を入れて、つかつかと足を運んだ。
 軒《のき》から直ぐに土間《どま》へ入って、横向きに店の戸を開けながら、
「御免なさいよ。」
「はいはい。」
 と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出た婦《おんな》は、下膨《しもぶく》れの色白で、真中から鬢《びん》を分けた濃い毛の束《たば》ね髪《が
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