いや、こうも、他愛《たわい》のない事を考えるのも、思出すのも、小北《おぎた》の許《とこ》へ行《ゆ》くにつけて、人は知らず、自分で気が咎《とが》める己《おの》が心を、我《われ》とさあらぬ方《かた》へ紛《まぎ》らそうとしたのであった。
さて、この辻から、以前織次の家のあった、某《なにがし》……町の方へ、大手筋《おおてすじ》を真直《まっすぐ》に折れて、一|丁《ちょう》ばかり行った処《ところ》に、小北の家がある。
両側に軒の並んだ町ながら、この小北の向側《むこうがわ》だけ、一軒づもりポカリと抜けた、一町内の用心水《ようじんみず》の水溜《みずたまり》で、石畳みは強勢《ごうせい》でも、緑晶色《ろくしょういろ》の大溝《おおみぞ》になっている。
向うの溝から鰌《どじょう》にょろり、こちらの溝から鰌にょろり、と饒舌《しゃべ》るのは、けだしこの水溜《みずたまり》からはじまった事であろう、と夏の夜店へ行帰《ゆきかえ》りに、織次は独《ひと》りでそう考えたもので。
同一《おなじ》早饒舌《はやしゃべ》りの中に、茶釜雨合羽《ちゃがまあまがっぱ》と言うのがある。トあたかもこの溝の左角《ひだりかど》が、合羽
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