《ふりわ》け、ごろごろと錫《しゃく》を鳴らしつつ、塩辛声《しおからごえ》して、
「……姫松《ひめまつ》どのはエ」と、大宅太郎光国《おおやのたろうみつくに》の恋女房が、滝夜叉姫《たきやしゃひめ》の山寨《さんさい》に捕えられて、小賊《しょうぞく》どもの手に松葉燻《まつばいぶし》となる処《ところ》――樹の枝へ釣上げられ、後手《うしろで》の肱《ひじ》を空《そら》に、反返《そりかえ》る髪を倒《さかさ》に落して、ヒイヒイと咽《むせ》んで泣く。やがて夫の光国が来合わせて助けるというのが、明晩、とあったが、翌晩《あくるばん》もそのままで、次第に姫松の声が渇《か》れる。
「我が夫《つま》いのう、光国どの、助けて給《た》べ。」とばかりで、この武者修業の、足の遅さ。
 三晩目《みばんめ》に、漸《やっ》とこさと山の麓《ふもと》へ着いたばかり。
 織次は、小児心《こどもごころ》にも朝から気になって、蚊帳《かや》の中でも髣髴《ほうふつ》と蚊燻《かいぶ》しの煙が来るから、続けてその翌晩も聞きに行って、汚《きたな》い弟子が古浴衣《ふるゆかた》の膝切《ひざぎり》な奴を、胸の処《ところ》でだらりとした拳固《げんこ》の矢蔵
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