と、婦人《おんな》は、匙《さじ》を投げて衣《きもの》の塵《ちり》を払うている馬の前足の下に小さな親仁《おやじ》を見向いて、
(しょうがないねえ、)といいながら、かなぐるようにして、その細帯を解きかけた、片端《かたはし》が土へ引こうとするのを、掻取《かいと》ってちょいと猶予《ためら》う。
(ああ、ああ。)と濁《にご》った声を出して白痴《ばか》が件《くだん》のひょろりとした手を差向《さしむ》けたので、婦人《おんな》は解いたのを渡してやると、風呂敷《ふろしき》を寛《ひろ》げたような、他愛《たわい》のない、力のない、膝《ひざ》の上へわがねて宝物《ほうもつ》を守護するようじゃ。
 婦人《おんな》は衣紋《えもん》を抱き合せ、乳の下でおさえながら静《しずか》に土間を出て馬の傍《わき》へつつと寄った。
 私《わし》はただ呆気《あっけ》に取られて見ていると、爪立《つまだち》をして伸び上り、手をしなやかに空ざまにして、二三度|鬣《たてがみ》を撫《な》でたが。
 大きな鼻頭《はなづら》の正面にすっくりと立った。丈《せい》もすらすらと急に高くなったように見えた、婦人《おんな》は目を据《す》え、口を結び、眉《ま
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