ゆ》を開いて恍惚《うっとり》となった有様《ありさま》、愛嬌《あいきょう》も嬌態《しな》も、世話らしい打解《うちと》けた風はとみに失《う》せて、神か、魔《ま》かと思われる。
 その時裏の山、向うの峰《みね》、左右前後にすくすくとあるのが、一ツ一ツ嘴《くちばし》を向け、頭《かしら》を擡《もた》げて、この一落《いちらく》の別天地、親仁《おやじ》を下手《しもて》に控え、馬に面して彳《たたず》んだ月下の美女の姿を差覗《さしのぞ》くがごとく、陰々《いんいん》として深山《みやま》の気が籠《こも》って来た。
 生《なま》ぬるい風のような気勢《けはい》がすると思うと、左の肩から片膚《かたはだ》を脱いだが、右の手を脱《はず》して、前へ廻し、ふくらんだ胸のあたりで着ていたその単衣《ひとえ》を円《まる》げて持ち、霞《かすみ》も絡《まと》わぬ姿になった。
 馬は背《せな》、腹の皮を弛《ゆる》めて汗もしとどに流れんばかり、突張《つッぱ》った脚もなよなよとして身震《みぶるい》をしたが、鼻面《はなづら》を地につけて一掴《ひとつかみ》の白泡《しろあわ》を吹出《ふきだ》したと思うと前足を折ろうとする。
 その時、頤《あぎ
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