えて行きやす。)
(もし、それへ乗って今からお遁《に》げ遊ばすお意《つもり》ではないかい。)
婦人《おんな》は慌《あわた》だしく遮って声を懸けた。
(いえ、もったいない、修行《しゅぎょう》の身が馬で足休めをしましょうなぞとは存じませぬ。)
(何でも人間を乗っけられそうな馬じゃあござらぬ。お坊様は命拾いをなされたのじゃで、大人《おとな》しゅうして嬢様の袖《そで》の中で、今夜は助けて貰《もら》わっしゃい。さようならちょっくら行って参りますよ。)
(あい。)
(畜生《ちくしょう》。)といったが馬は出ないわ。びくびくと蠢《うごめ》いて見える大《おおき》な鼻面《はなッつら》をこちらへ捻《ね》じ向けてしきりに私等《わしら》が居る方を見る様子。
(どうどうどう、畜生これあだけた獣《けもの》じゃ、やい!)
右左にして綱を引張ったが、脚《あし》から根をつけたごとくにぬっくと立っていてびくともせぬ。
親仁《おやじ》大いに苛立《いらだ》って、叩《たた》いたり、打《ぶ》ったり、馬の胴体について二三度ぐるぐると廻ったが少しも歩かぬ。肩でぶッつかるようにして横腹《よこっぱら》へ体《たい》をあてた時、ようよう
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