名指《なざし》の香取屋。
床《とこ》にも座敷《ざしき》にも飾《かざ》りといっては無いが、柱立《はしらだち》の見事な、畳《たたみ》の堅《かた》い、炉《ろ》の大いなる、自在鍵《じざいかぎ》の鯉《こい》は鱗《うろこ》が黄金造《こがねづくり》であるかと思わるる艶《つや》を持った、素《す》ばらしい竈《へッつい》を二ツ並《なら》べて一斗飯《いっとめし》は焚《た》けそうな目覚《めざま》しい釜《かま》の懸《かか》った古家《ふるいえ》で。
亭主は法然天窓《ほうねんあたま》、木綿の筒袖《つつそで》の中へ両手の先を竦《すく》まして、火鉢《ひばち》の前でも手を出さぬ、ぬうとした親仁《おやじ》、女房《にょうぼう》の方は愛嬌《あいきょう》のある、ちょっと世辞のいい婆《ばあ》さん、件《くだん》の人参と干瓢の話を旅僧が打出すと、にこにこ笑いながら、縮緬雑魚《ちりめんざこ》と、鰈《かれい》の干物《ひもの》と、とろろ昆布《こんぶ》の味噌汁《みそしる》とで膳《ぜん》を出した、物の言振取成《いいぶりとりなし》なんど、いかにも、上人《しょうにん》とは別懇《べっこん》の間と見えて、連《つれ》の私の居心《いごころ》のいいといっ
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