履を穿いた。
 するとお聞きなさい、婦人《おんな》は足駄を穿きながら手を取ってくれます。
 たちまち身が軽くなったように覚えて、訳《わけ》なく後《うしろ》に従って、ひょいとあの孤家《ひとつや》の背戸《せど》の端《はた》へ出た。
 出会頭《であいがしら》に声を懸《か》けたものがある。
(やあ、大分手間が取れると思ったに、ご坊様旧《ぼうさまもと》の体で帰らっしゃったの。)
(何をいうんだね、小父様家《おじさんうち》の番はどうおしだ。)
(もういい時分じゃ、また私《わし》も余《あんま》り遅《おそ》うなっては道が困るで、そろそろ青を引出して支度《したく》しておこうと思うてよ。)
(それはお待遠《まちどお》でござんした。)
(何さ、行ってみさっしゃいご亭主《ていしゅ》は無事じゃ、いやなかなか私《わし》が手には口説《くどき》落されなんだ、ははははは。)と意味もないことを大笑《おおわらい》して、親仁《おやじ》は厩《うまや》の方へてくてくと行った。
 白痴《ばか》はおなじ処になお形を存している、海月《くらげ》も日にあたらねば解けぬとみえる。」

     十八

「ヒイイン! しっ、どうどうどうと背戸
前へ 次へ
全102ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング