、頭と尾を草に隠して、月あかりに歴然《ありあり》とそれ。
 山路の時を思い出すと我ながら足が竦《すく》む。
 婦人《おんな》は深切に後《うしろ》を気遣《きづこ》うては気を付けてくれる。
(それをお渡りなさいます時、下を見てはなりません。ちょうどちゅうとでよッぽど谷が深いのでございますから、目が廻《ま》うと悪うござんす。)
(はい。)
 愚図愚図《ぐずぐず》してはいられぬから、我身《わがみ》を笑いつけて、まず乗った。引《ひっ》かかるよう、刻《きざ》が入れてあるのじゃから、気さえ確《たしか》なら足駄《あしだ》でも歩行《ある》かれる。
 それがさ、一件じゃから耐《たま》らぬて、乗るとこうぐらぐらして柔かにずるずると這《は》いそうじゃから、わっというと引跨《ひんまた》いで腰をどさり。
(ああ、意気地《いくじ》はございませんねえ。足駄では無理でございましょう、これとお穿《は》き換《か》えなさいまし、あれさ、ちゃんということを肯《き》くんですよ。)
 私《わし》はそのさっきから何《な》んとなくこの婦人《おんな》に畏敬《いけい》の念が生じて善か悪か、どの道命令されるように心得たから、いわるるままに草
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