ちょいと櫛《くし》を入れて、
(まあ、女がこんなお転婆《てんば》をいたしまして、川へ落《おっ》こちたらどうしましょう、川下《かわしも》へ流れて出ましたら、村里の者が何といって見ましょうね。)
(白桃《しろもも》の花だと思います。)とふと心付いて何の気もなしにいうと、顔が合うた。
 すると、さも嬉《うれ》しそうに莞爾《にっこり》してその時だけは初々《ういうい》しゅう年紀《とし》も七ツ八ツ若やぐばかり、処女《きむすめ》の羞《はじ》を含《ふく》んで下を向いた。
 私《わし》はそのまま目を外《そ》らしたが、その一段の婦人《おんな》の姿が月を浴びて、薄い煙に包まれながら向う岸の※[#「さんずい」に 散 140−10]《しぶき》に濡《ぬ》れて黒い、滑《なめら》かな大きな石へ蒼味《あおみ》を帯びて透通《すきとお》って映るように見えた。
 するとね、夜目で判然《はっきり》とは目に入《い》らなんだが地体《じたい》何でも洞穴《ほらあな》があるとみえる。ひらひらと、こちらからもひらひらと、ものの鳥ほどはあろうという大蝙蝠《おおこうもり》が目を遮《さえぎ》った。
(あれ、いけないよ、お客様があるじゃないかね。
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