、白痴《ばか》の腹はだぶりとして、べそをかくような口つきで、にやりと笑う。
 私《わし》はぞっとして面《おもて》を背けたが、婦人《おんな》は何気《なにげ》ない体《てい》であった。
 親仁《おやじ》は大口を開いて、
(留守におらがこの亭主を盗むぞよ。)
(はい、ならば手柄《てがら》でござんす、さあ、貴僧《あなた》参りましょうか。)
 背後《うしろ》から親仁が見るように思ったが、導かるるままに壁《かべ》について、かの紫陽花のある方ではない。
 やがて背戸と思う処で左に馬小屋を見た、ことことという音は羽目《はめ》を蹴《け》るのであろう、もうその辺から薄暗くなって来る。
(貴僧《あなた》、ここから下りるのでございます、辷《すべ》りはいたしませぬが、道が酷《ひど》うございますからお静《しずか》に、)という。」

     十三

「そこから下りるのだと思われる、松の木の細くッて度外れに背の高い、ひょろひょろしたおよそ五六間上までは小枝一ツもないのがある。その中を潜《くぐ》ったが、仰《あお》ぐと梢《こずえ》に出て白い、月の形はここでも別にかわりは無かった、浮世《うきよ》はどこにあるか十三夜で。
 
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