《ぐ》にもつかぬ声を出して、
(姉《ねえ》や、こえ、こえ。)といいながら気《け》だるそうに手を持上げてその蓬々《ぼうぼう》と生えた天窓《あたま》を撫《な》でた。
(坊さま、坊さま?)
 すると婦人《おんな》が、下《しも》ぶくれな顔にえくぼを刻んで、三ツばかりはきはきと続けて頷いた。
 少年はうむといったが、ぐたりとしてまた臍《へそ》をくりくりくり。
 私《わし》は余り気の毒さに顔も上げられないでそっと盗むようにして見ると、婦人《おんな》は何事も別に気に懸《か》けてはおらぬ様子、そのまま後へ跟《つ》いて出ようとする時、紫陽花《あじさい》の花の蔭《かげ》からぬいと出た一名の親仁《おやじ》がある。
 背戸《せど》から廻って来たらしい、草鞋を穿《は》いたなりで、胴乱《どうらん》の根付《ねつけ》を紐長《ひもなが》にぶらりと提《さ》げ、銜煙管《くわえぎせる》をしながら並んで立停《たちどま》った。
(和尚《おしょう》様おいでなさい。)
 婦人《おんな》はそなたを振向いて、
(おじ様どうでござんした。)
(さればさの、頓馬《とんま》で間の抜けたというのはあのことかい。根ッから早や狐《きつね》でなければ
前へ 次へ
全102ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング