くづく見ていた。
(いえもう何でございます、実はこの先一町行け、そうすれば上段の室《へや》に寝かして一晩|扇《あお》いでいてそれで功徳《くどく》のためにする家があると承《うけたまわ》りましても、全くのところ一足も歩行《ある》けますのではございません、どこの物置《ものおき》でも馬小屋の隅《すみ》でもよいのでございますから後生《ごしょう》でございます。)とさっき馬が嘶《いなな》いたのは此家《ここ》より外にはないと思ったから言った。
 婦人《おんな》はしばらく考えていたが、ふと傍《わき》を向いて布の袋《ふくろ》を取って、膝《ひざ》のあたりに置いた桶《おけ》の中へざらざらと一幅《ひとはば》、水を溢《こぼ》すようにあけて縁《ふち》をおさえて、手で掬《すく》って俯向《うつむ》いて見たが、
(ああ、お泊め申しましょう、ちょうど炊《た》いてあげますほどお米もございますから、それに夏のことで、山家は冷えましても夜のものにご不自由もござんすまい。さあ、ともかくもあなた、お上り遊ばして。)
 というと言葉の切れぬ先にどっかと腰を落した。婦人《おんな》はつと身を起して立って来て、
(お坊様、それでござんすがち
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