していようという処、かねてその用意はしていると思われるばかり、日のあたらぬ森の中の土は柔《やわらか》い、潰《つぶ》れそうにもないのじゃ。
 ともはや頸《えり》のあたりがむずむずして来た、平手《ひらて》で扱《こい》て見ると横撫《よこなで》に蛭の背《せな》をぬるぬるとすべるという、やあ、乳の下へ潜《ひそ》んで帯の間にも一|疋《ぴき》、蒼《あお》くなってそッと見ると肩の上にも一筋。
 思わず飛上って総身《そうしん》を震いながらこの大枝の下を一散にかけぬけて、走りながらまず心覚えの奴だけは夢中《むちゅう》でもぎ取った。
 何にしても恐しい今の枝には蛭が生《な》っているのであろうとあまりの事に思って振返ると、見返った樹の何の枝か知らずやっぱり幾《いく》ツということもない蛭の皮じゃ。
 これはと思う、右も、左も、前の枝も、何の事はないまるで充満《いっぱい》。
 私は思わず恐怖《きょうふ》の声を立てて叫《さけ》んだ、すると何と? この時は目に見えて、上からぼたりぼたりと真黒な痩《や》せた筋の入った雨が体へ降かかって来たではないか。
 草鞋を穿《は》いた足の甲《こう》へも落ちた上へまた累《かさな》り、
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