見えなくなり暑さも凌《しの》ぎよくなったので、気も勇《いさ》み足も捗取《はかど》ったが、ほどなく急に風が冷たくなった理由を会得《えとく》することが出来た。
というのは目の前に大森林があらわれたので。
世の譬《たとえ》にも天生《あもう》峠は蒼空《あおぞら》に雨が降るという、人の話にも神代《かみよ》から杣《そま》が手を入れぬ森があると聞いたのに、今までは余り樹がなさ過ぎた。
今度は蛇のかわりに蟹《かに》が歩きそうで草鞋《わらじ》が冷えた。しばらくすると暗くなった、杉、松、榎《えのき》と処々《ところどころ》見分けが出来るばかりに遠い処から幽《かすか》に日の光の射《さ》すあたりでは、土の色が皆黒い。中には光線が森を射通《いとお》す工合《ぐあい》であろう、青だの、赤だの、ひだが入《い》って美しい処があった。
時々|爪尖《つまさき》に絡《から》まるのは葉の雫《しずく》の落溜《おちたま》った糸のような流《ながれ》で、これは枝を打って高い処を走るので。ともするとまた常磐木《ときわぎ》が落葉する、何の樹とも知れずばらばらと鳴り、かさかさと音がしてぱっと檜笠《ひのきがさ》にかかることもある、あるい
前へ
次へ
全102ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング