う》していった。
「それでは口でいう念仏にも済まぬと思うてさ。」

     六

「さて、聞かっしゃい、私《わし》はそれから檜《ひのき》の裏を抜けた、岩の下から岩の上へ出た、樹《き》の中を潜《くぐ》って草深い径《こみち》をどこまでも、どこまでも。
 するといつの間にか今上った山は過ぎてまた一ツ山が近《ちかづ》いて来た、この辺《あたり》しばらくの間は野が広々として、さっき通った本街道よりもっと幅の広い、なだらかな一筋道。
 心持《こころもち》西と、東と、真中《まんなか》に山を一ツ置いて二条《ふたすじ》並んだ路のような、いかさまこれならば槍《やり》を立てても行列が通ったであろう。
 この広《ひろ》ッ場《ぱ》でも目の及ぶ限り芥子粒《けしつぶ》ほどの大《おおき》さの売薬の姿も見ないで、時々焼けるような空を小さな虫が飛び歩行《ある》いた。
 歩行《ある》くにはこの方が心細い、あたりがぱッとしていると便《たより》がないよ。もちろん飛騨越《ひだごえ》と銘《めい》を打った日には、七里に一軒十里に五軒という相場、そこで粟《あわ》の飯にありつけば都合も上《じょう》の方ということになっております。それを覚
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