殺《みごろし》じゃ、どの道私は出家《しゅっけ》の体、日が暮《く》れるまでに宿へ着いて屋根の下に寝るには及《およ》ばぬ、追着《おッつ》いて引戻してやろう。罷違《まかりちご》うて旧道を皆|歩行《ある》いても怪《け》しゅうはあるまい、こういう時候じゃ、狼《おおかみ》の旬《しゅん》でもなく、魑魅魍魎《ちみもうりょう》の汐《しお》さきでもない、ままよ、と思うて、見送ると早《は》や深切な百姓の姿も見えぬ。
(よし。)
思切《おもいき》って坂道を取って懸《かか》った、侠気《おとこぎ》があったのではござらぬ、血気に逸《はや》ったではもとよりない、今申したようではずっともう悟《さと》ったようじゃが、いやなかなかの臆病者《おくびょうもの》、川の水を飲むのさえ気が怯《ひ》けたほど生命《いのち》が大事で、なぜまたと謂《い》わっしゃるか。
ただ挨拶《あいさつ》をしたばかりの男なら、私は実のところ、打棄《うっちゃ》っておいたに違いはないが、快からぬ人と思ったから、そのままで見棄てるのが、故《わざ》とするようで、気が責めてならなんだから、」
と宗朝はやはり俯向《うつむ》けに床《とこ》に入ったまま合掌《がっしょ
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