く仔細《しさい》が解《わか》って確《たしか》になりはなったけれども、現に一人|踏迷《ふみまよ》った者がある。
(こちらの道はこりゃどこへ行くので、)といって売薬の入った左手《ゆんで》の坂を尋《たず》ねて見た。
(はい、これは五十年ばかり前までは人が歩行《ある》いた旧道でがす。やっぱり信州へ出まする、先は一つで七里ばかり総体近うござりますが、いや今時《いまどき》往来の出来るのじゃあござりませぬ。去年もご坊様、親子|連《づれ》の巡礼《じゅんれい》が間違えて入ったというで、はれ大変な、乞食《こじき》を見たような者じゃというて、人命に代りはねえ、追《おっ》かけて助けべえと、巡査様《おまわりさま》が三人、村の者が十二人、一組になってこれから押登って、やっと連れて戻《もど》ったくらいでがす。ご坊様も血気に逸《はや》って近道をしてはなりましねえぞ、草臥《くたび》れて野宿をしてからがここを行かっしゃるよりはましでござるに。はい、気を付けて行かっしゃれ。)
 ここで百姓に別れてその川の石の上を行こうとしたがふと猶予《ためら》ったのは売薬の身の上で。
 まさかに聞いたほどでもあるまいが、それが本当ならば見
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