するので、今朝《けさ》も立ちぎわによく見て来た、前にも申す、その図面をな、ここでも開けて見ようとしていたところ。
(ちょいと伺《うかが》いとう存じますが、)
(これは何でござりまする、)と山国の人などは殊《こと》に出家と見ると丁寧《ていねい》にいってくれる。
(いえ、お伺い申しますまでもございませんが、道はやっぱりこれを素直《まっすぐ》に参るのでございましょうな。)
(松本へ行かっしゃる? ああああ本道じゃ、何ね、この間の梅雨《つゆ》に水が出て、とてつもない川さ出来たでがすよ。)
(まだずっとどこまでもこの水でございましょうか。)
(何のお前様、見たばかりじゃ、訳はござりませぬ、水になったのは向うのあの藪までで、後はやっぱりこれと同一《おなじ》道筋で山までは荷車が並んで通るでがす。藪のあるのは旧《もと》大きいお邸《やしき》の医者様の跡でな、ここいらはこれでも一ツの村でがした、十三年前の大水の時、から一面に野良《のら》になりましたよ、人死《ひとじに》もいけえこと。ご坊様歩行《ぼうさまある》きながらお念仏でも唱えてやってくれさっしゃい。)と問わぬことまで深切《しんせつ》に話します。それでよ
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