たことかさ、今いうその檜じゃが、そこらに何《なんに》もない路を横断《よこぎ》って見果《みはて》のつかぬ田圃の中空《なかぞら》へ虹《にじ》のように突出ている、見事な。根方《ねがた》の処《ところ》の土が壊《くず》れて大鰻《おおうなぎ》を捏《こ》ねたような根が幾筋ともなく露《あらわ》れた、その根から一筋の水がさっと落ちて、地の上へ流れるのが、取って進もうとする道の真中に流出《ながれだ》してあたりは一面。
田圃が湖にならぬが不思議で、どうどうと瀬《せ》になって、前途《ゆくて》に一叢《ひとむら》の藪《やぶ》が見える、それを境にしておよそ二町ばかりの間まるで川じゃ。礫《こいし》はばらばら、飛石のようにひょいひょいと大跨《おおまた》で伝えそうにずっと見ごたえのあるのが、それでも人の手で並べたに違《ちが》いはない。
もっとも衣服《きもの》を脱いで渡るほどの大事なのではないが、本街道にはちと難儀《なんぎ》過ぎて、なかなか馬などが歩行《ある》かれる訳《わけ》のものではないので。
売薬もこれで迷ったのであろうと思う内、切放《きりはな》れよく向《むき》を変えて右の坂をすたすたと上りはじめた。見る間《ま》
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