ある。其中《そのなか》を潜《くゞ》つたが仰《あふ》ぐと梢《こずえ》に出《で》て白《しろ》い、月《つき》の形《かたち》は此処《ここ》でも別《べつ》にかはりは無《な》かつた、浮世《うきよ》は何処《どこ》にあるか十三夜《じふさんや》で。
先《さき》へ立《た》つた婦人《をんな》の姿《すがた》が目《め》さきを放《はな》れたから、松《まつ》の幹《みき》に掴《つか》まつて覗《のぞ》くと、つい下《した》に居《ゐ》た。
仰向《あふむ》いて、
(急《きふ》に低《ひく》くなりますから気《き》をつけて。こりや貴僧《あなた》には足駄《あしだ》では無理《むり》でございましたか不知《しら》、宜《よろ》しくば草履《ざうり》とお取交《とりか》へ申《まを》しませう。)
立後《たちおく》れたのを歩行悩《あるきなや》んだと察《さつ》した様子《やうす》、何《なに》が扨《さて》転《ころ》げ落《お》ちても早《はや》く行《い》つて蛭《ひる》の垢《あか》を落《おと》したさ。
(何《なに》、いけませんければ跣足《はだし》になります分《ぶん》のこと、何卒《どうぞ》お構《かま》ひなく、嬢様《ぢやうさま》に御心配《ごしんぱい》をかけては済《す》みません。)
(あれ、嬢様《ぢやうさま》ですつて、)と稍《やゝ》調子《てうし》を高《たか》めて、艶麗《あでやか》に笑《わら》つた。
(唯《はい》、唯今《たゞいま》あの爺様《ぢいさん》が、然《さ》やう申《まを》しましたやうに存《ぞん》じますが、夫人《おくさま》でございますか。)
(何《なん》にしても貴僧《あなた》には叔母《をば》さん位《ぐらゐ》な年紀《とし》ですよ。まあ、お早《はや》くいらつしやい、草履《ざうり》も可《よ》うござんすけれど、刺《とげ》がさゝりますと不可《いけ》ません、それにじく/\湿《ぬ》れて居《ゐ》てお気味《きみ》が悪《わる》うございませうから)と向《むか》ふ向《むき》でいひながら衣服《きもの》の片褄《かたつま》をぐいとあげた。真白《まつしろ》なのが暗《くら》まぎれ、歩行《ある》くと霜《しも》が消《き》えて行《ゆ》くやうな。
ずん/\ずん/\と道《みち》を下《お》りる、傍《かたはら》の叢《くさむら》から、のさ/\と出《で》たのは蟇《ひき》で。
(あれ、気味《きみ》が悪《わる》いよ。)といふと婦人《をんな》は背後《うしろ》へ高々《たか/″\》と踵《かがと》を上《あ》げて向《むか》ふへ飛《と》んだ。
(お客様《きやくさま》が被在《ゐらつ》しやるではないかね、人《ひと》の足《あし》になんか搦《から》まつて贅沢《ぜいたく》ぢやあないか、お前達《まへだち》は虫《むし》を吸《す》つて居《ゐ》れば沢山《たくさん》だよ。
貴僧《あなた》ずん/\入《い》らつしやいましな、何《ど》うもしはしません。恁云《かうい》ふ処《ところ》ですからあんなものまで人懐《ひとなつか》うございます、厭《いや》ぢやないかね、お前達《まへだち》と友達《ともだち》を見《み》たやうで可愧《はづかし》い、あれ可《い》けませんよ。)
蟇《ひき》はのさ/\と又《また》草《くさ》を分《わ》けて入《はい》つた、婦人《をんな》はむかふへずいと。
(さあ此《こ》の上《うへ》へ乗《の》るんです、土《つち》が柔《やはら》かで壊《く》へますから地面《ぢめん》は歩行《ある》かれません。)
いかにも大木《たいぼく》の僵《たふ》れたのが草《くさ》がくれに其《そ》の幹《みき》をあらはして居《ゐ》る、乗《の》ると足駄穿《あしだばき》で差支《さしつか》へがない、丸木《まるき》だけれども可恐《おそろ》しく太《ふと》いので、尤《もつと》もこれを渡《わた》り果《は》てると忽《たちま》ち流《ながれ》の音《おと》が耳《みゝ》に激《げき》した、それまでには余程《よほど》の間《あひだ》。
仰《あふ》いで見《み》ると松《まつ》の樹《き》はもう影《かげ》も見《み》えない、十三|夜《や》の月《つき》はずつと低《ひく》うなつたが、今《いま》下《お》りた山《やま》の頂《いただき》に半《なか》ばかゝつて、手《て》が届《とゞ》きさうにあざやかだけれども、高《たか》さは凡《およ》そ計《はか》り知《し》られぬ。
(貴僧《あなた》、此方《こちら》へ。)
といつた、婦人《をんな》はもう一|息《いき》、目《め》の下《した》に立《た》つて待《ま》つて居《ゐ》た。
其処《そこ》は早《は》や一|面《めん》の岩《いは》で、岩《いは》の上《うへ》へ谷川《たにがは》の水《みづ》がかゝつて此処《ここ》によどみを造《つく》つて居《ゐ》る、川巾《かははば》は一|間《けん》ばかり、水《みづ》に望《のぞ》めば音《おと》は然《さ》までにもないが、美《うつく》しさは玉《たま》を解《と》いて流《なが》したやう、却《かへ》つて遠《とほ》くの方《はう》で凄《
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