を呼《よ》んで轟《とゞろ》いて流《なが》れて居《ゐ》る、あゝ其《そ》の力《ちから》を以《もつ》て何故《なぜ》救《すく》はぬ、儘《まゝ》よ!
 瀧《たき》に身《み》を投《な》げて死《し》なうより、旧《もと》の孤家《ひとつや》へ引返《ひツかへ》せ。汚《けがら》はしい慾《よく》のあればこそ恁《か》うなつた上《うへ》に※[#「足へん+厨」、第3水準1−92−39]躇《ちゆうちよ》をするわ、其《その》顔《かほ》を見《み》て声《こゑ》を聞《き》けば、渠等《かれら》夫婦《ふうふ》が同衾《ひとつね》するのに枕《まくら》を並《なら》べて差支《さしつか》へぬ、それでも汗《あせ》になつて修行《しゆぎやう》をして、坊主《ばうず》で果《は》てるよりは余程《よほど》の増《まし》ぢやと、思切《おもひき》つて戻《もど》らうとして、石《いし》を放《はな》れて身《み》を起《おこ》した、背後《うしろ》から一ツ背中《せなか》を叩《たゝ》いて、
(やあ、御坊様《ごばうさま》、)といはれたから、時《とき》が時《とき》なり、心《こゝろ》も心《こゝろ》、後暗《うしろぐら》いので喫驚《びつくり》して見《み》ると、閻王《えんわう》の使《つかひ》ではない、これが親仁《おやぢ》。
 馬《うま》は売《う》つたか、身軽《みがる》になつて、小《ちひ》さな包《つゝみ》を肩《かた》にかけて、手《て》に一|尾《び》の鯉《こひ》の、鱗《うろこ》は金色《こんじき》なる、溌溂《はつらつ》として尾《を》の動《うご》きさうな、鮮《あたら》しい其《その》丈《たけ》三|尺《じやく》ばかりなのを、腮《あぎと》に藁《わら》を通《とほ》して、ぶらりと提《さ》げて居《ゐ》た。何《なん》にも言《い》はず急《きふ》にものもいはれないで瞻《みまも》ると、親仁《おやぢ》はじつと顔《かほ》を見《み》たよ。然《さ》うしてにや/\と、又《また》一|通《とほり》の笑方《わらひかた》ではないて、薄気味《うすきみ》の悪《わる》い北叟笑《ほくそゑみ》をして、
(何《なに》をしてござる、御修行《ごしゆぎやう》の身《み》が、この位《くらゐ》の暑《あつさ》で、岸《きし》に休《やす》んで居《ゐ》さつしやる分《ぶん》ではあんめえ、一|生懸命《しやうけんめい》に歩行《ある》かつしやりや、昨夜《ゆふべ》の泊《とまり》から此処《こゝ》まではたつた五|里《り》、もう里《さと》へ行《い》つて地蔵様《ぢざうさま》を拝《をが》まつしやる時刻《じこく》ぢや。
 何《なん》ぢやの、己《おら》が嬢様《ぢやうさま》に念《おもひ》が懸《かゝ》つて煩悩《ぼんなう》が起《お》きたのぢやの。うんにや、秘《かく》さつしやるな、おらが目《め》は赤《あか》くツても、白《しろ》いか黒《くろ》いかはちやんと見《み》える。
 地体《ぢたい》並《なみ》のものならば、嬢様《ぢやうさま》の手《て》が触《さは》つて那《あ》の水《みづ》を振舞《ふるま》はれて、今《いま》まで人間《にんげん》で居《ゐ》やう筈《はず》はない。
 牛《うし》か馬《うま》か、蟇《ひきがへる》か、猿《さる》か、蝙蝠《かはほり》か、何《なに》にせい飛《と》んだか跳《は》ねたかせねばならぬ。谷川《たにがは》から上《あが》つて来《き》さしつた時《とき》、手足《てあし》も顔《かほ》も人《ひと》ぢやから、おらあ魂消《たまげ》た位《くらゐ》、お前様《まへさま》それでも感心《かんしん》に志《こゝろざし》が堅固《けんご》ぢやから助《たす》かつたやうなものよ。
 何《なん》と、おらが曳《ひ》いて行《い》つた馬《うま》を見《み》さしつたらう、それで、孤家《ひとつや》で来《き》さつしやる山路《やまみち》で富山《とやま》の反魂丹売《はんごんたんうり》に逢《あ》はしつたといふではないか、それ見《み》さつせい、彼《あ》の助倍《すけべい》野郎《やらう》、疾《とう》に馬《うま》になつて、それ馬市《うまいち》で銭《おあし》になつて、お銭《あし》が、そうら此《こ》の鯉《こひ》に化《ば》けた。大好物《だいかうぶつ》で晩飯《ばんめし》の菜《さい》になさる、お嬢様《ぢやうさま》を一|体《たい》何《なん》じやと思《おも》はつしやるの。)」
 私《わたし》は思《おも》はず遮《さへぎ》つた。
「お上人《しやうにん》?」

         第二十六

 上人《しやうにん》は頷《うなづ》きながら呟《つぶや》いて、
「いや、先《ま》づ聞《き》かつしやい、彼《か》の孤家《ひとつや》の婦人《をんな》といふは、旧《もと》な、これも私《わし》には何《なに》かの縁《えん》があつた、あの恐《おそろし》い魔処《ましよ》へ入《はい》らうといふ岐道《そばみち》の水《みづ》が溢《あふ》れた往来《わうらい》で、百姓《ひやくしやう》が教《をし》へて、彼処《あすこ》は其《そ》の以前《いぜん》医者《いし
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