ござんすから、)
(否《いえ》、もう大分《だいぶ》勝手《かつて》が分《わか》つて居《を》ります。)
 づツと心得《こゝろえ》た意《つもり》ぢやつたが、扨《さて》上《あが》る時《とき》見《み》ると思《おも》ひの外《ほか》上《うへ》までは大層《たいそう》高《たか》い。
 軈《やが》て又《また》例《れい》の木《き》の丸太《まるた》を渡《わた》るのぢやが、前刻《さつき》もいつた通《とほり》草《くさ》のなかに横倒《よこだふ》れになつて居《ゐ》る、木地《きぢ》が恁《か》う丁度《ちやうど》鱗《うろこ》のやうで譬《たとへ》にも能《よ》くいふが松《まつ》の木《き》は蝮《うわばみ》に似《に》て居《ゐ》るで。
 殊《こと》に崖《がけ》を、上《うへ》の方《はう》へ、可《いゝ》塩梅《あんばい》に畝《うね》つた様子《やうす》が、飛《とん》だものに持《も》つて来《こ》いなり、凡《およ》そ此《こ》の位《くらゐ》な胴中《どうなか》の長虫《ながむし》がと思《おも》ふと、頭《かしら》と尾《を》を草《くさ》に隠《かく》して月《つき》あかりに歴然《あり/\》とそれ。
 山路《やまみち》の時《とき》を思《おも》ひ出《だ》すと我《われ》ながら足《あし》が窘《すく》む。
 婦人《をんな》は親切《しんせつ》に後《うしろ》を気遣《きづか》ふては気《き》を着《つ》けてくれる。
(其《それ》をお渡《わた》りなさいます時《とき》、下《した》を見《み》てはなりません丁度《ちやうど》中途《ちゆうと》で余程《よつぽど》谷《たに》が深《ふか》いのでございますから、目《め》が廻《まふ》と悪《わる》うござんす。)
(はい。)
 愚図々々《ぐづ/\》しては居《ゐ》られぬから、我身《わがみ》を笑《わら》ひつけて、先《ま》づ乗《の》つた。引《ひつ》かゝるやう、刻《きざ》が入《いれ》てあるのぢやから、気《き》さい確《たしか》なら足駄《あしだ》でも歩行《ある》かれる。
 其《それ》がさ、一|件《けん》ぢやから耐《たま》らぬて、乗《の》ると恁《か》うぐら/\して柔《やはら》かにずる/\と這《は》ひさうぢやから、わつといふと引跨《ひんまた》いで腰《こし》をどさり。
(あゝ、意気地《いくぢ》はございませんねえ。足駄《あしだ》では無理《むり》でございませう、是《これ》とお穿《は》き換《か》へなさいまし、あれさ、ちやんといふことを肯《き》くんですよ。)

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