寄越《よこ》した。
(其《それ》でおみ足《あし》をお拭《ふ》きなさいまし。)
 何時《いつ》の間《ま》にか、体《からだ》はちやんと拭《ふ》いてあつた、お話《はな》し申《まを》すも恐多《おそれおほ》いか、はゝはゝはゝ。」

         第十六

「なるほど見《み》た処《ところ》、衣服《きもの》を着《き》た時《とき》の姿《すがた》とは違《ちが》ふて肉《しゝ》つきの豊《ゆたか》な、ふつくりとした膚《はだへ》。
(先刻《さツき》小屋《こや》へ入《はい》つて世話《せわ》をしましたので、ぬら/\した馬《うま》の鼻息《はないき》が体中《からだぢゆう》へかゝつて気味《きみ》が悪《わる》うござんす。丁度《ちやうど》可《よ》うございますから私《わたし》も体《からだ》を拭《ふ》きませう、)
と姉弟《あねおとうと》が内端話《うちはばなし》をするやうな調子《てうし》。手《て》をあげて黒髪《くろかみ》をおさへながら腋《わき》の下《した》を手拭《てぬぐひ》でぐいと拭《ふ》き、あとを両手《りやうて》で絞《しぼ》りながら立《た》つた姿《すがた》、唯《たゞ》これ雪《ゆき》のやうなのを恁《かゝ》る霊水《れいすい》で清《きよ》めた、恁云《かうい》ふ女《をんな》の汗《あせ》は薄紅《うすくれなゐ》になつて流《なが》れやう。
 一寸《ちよい》/\と櫛《くし》を入《い》れて、
(まあ、女《をんな》がこんなお転婆《てんば》をいたしまして、川《かは》へ落《おつ》こちたら何《ど》うしませう、川下《かはしも》へ流《なが》れて出《で》ましたら、村里《むらさと》の者《もの》が何《なん》といつて見《み》ませうね。)
(白桃《しろもゝ》の花《はな》だと思《おも》ひます。)と弗《ふ》と心着《こゝろつ》いて何《なん》の気《き》もなしにいふと、顔《かほ》が合《あ》ふた。
 すると然《さ》も嬉《うれ》しさうに莞爾《にツこり》して其時《そのとき》だけは初々《うゐ/\》しう年紀《とし》も七ツ八ツ若《わか》やぐばかり、処女《きむすめ》の羞《はぢ》を含《ふく》んで下《した》を向《む》いた。
 私《わし》は其《その》まゝ目《め》を外《そ》らしたが、其《そ》の一|段《だん》の婦人《をんな》の姿《すがた》が月《つき》を浴《あ》びて、薄《うす》い煙《けぶり》に包《つゝ》まれながら向《むか》ふ岸《ぎし》の※[#「さんずい+散」、36−13]《しぶき
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