》つて貰《もら》ひたい、暗《くら》いと怪《け》しからぬ話《はなし》ぢや、此処等《ここら》から一|番《ばん》野面《のづら》で遣《やツ》つけやう。」
 枕《まくら》を並《なら》べた上人《しやうにん》の姿《すがた》も朧《おぼろ》げに明《あかり》は暗《くら》くなつて居《ゐ》た、早速《さつそく》燈心《とうしん》を明《あかる》くすると、上人《しやうにん》は微笑《ほゝゑ》みながら続《つゞ》けたのである。
「さあ、然《さ》うやつて何時《いつ》の間《ま》にやら現《うつゝ》とも無《な》しに、恁《か》う、其《そ》の不思議《ふしぎ》な、結構《けつこう》な薫《かほり》のする暖《あツたか》い花《はな》の中《なか》へ、柔《やはら》かに包《つゝ》まれて、足《あし》、腰《こし》、手《て》、肩《かた》、頸《えり》から次第《しだい》に、天窓《あたま》まで一|面《めん》に被《かぶ》つたから吃驚《びツくり》、石《いし》に尻持《しりもち》を搗《つ》いて、足《あし》を水《みづ》の中《なか》に投出《なげだ》したから落《お》ちたと思《おも》ふ途端《とたん》に、女《をんな》の手《て》が脊後《うしろ》から肩越《かたこし》に胸《むね》をおさへたので確《しつか》りつかまつた。
(貴僧《あなた》、お傍《そば》に居《ゐ》て汗臭《あせくさ》うはござんせぬかい飛《とん》だ暑《あつ》がりなんでございますから、恁《か》うやつて居《を》りましても恁麼《こんな》でございますよ。)といふ胸《むね》にある手《て》を取《と》つたのを、慌《あは》てゝ放《はな》して棒《ぼう》のやうに立《た》つた。
(失礼《しつれい》、)
(いゝえ誰《たれ》も見《み》て居《を》りはしませんよ。)と澄《す》まして言《い》ふ、婦人《をんな》も何時《いつ》の間《ま》にか衣服《きもの》を脱《ぬ》いで全身《ぜんしん》を練絹《ねりぎぬ》のやうに露《あら》はして居《ゐ》たのぢや。
 何《なん》と驚《おどろ》くまいことか。
(恁麼《こんな》に太《ふと》つて居《を》りますから、最《も》うお可愧《はづか》しいほど暑《あつ》いのでございます、今時《いまどき》は毎日《まいにち》二|度《ど》も三|度《ど》も来《き》ては恁《か》うやつて汗《あせ》を流《なが》します、此《こ》の水《みづ》がございませんかつたら何《ど》ういたしませう、貴僧《あなた》、お手拭《てぬぐひ》。)といつて絞《しぼ》つたのを
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