ますよ。お生命《いのち》も冥加《みやうが》な位《くらゐ》、馬《うま》でも牛《うし》でも吸殺《すひころ》すのでございますもの。然《しか》し疼《うづ》くやうにお痒《かゆ》いのでござんせうね。)
(唯今《たゞいま》では最《も》う痛《いた》みますばかりになりました。)
(それでは恁麼《こんな》ものでこすりましては柔《やはらか》いお肌《はだ》が擦剥《すりむ》けませう、)といふと手《て》が綿《わた》のやうに障《さは》つた。
それから両方《りようはう》の肩《かた》から、背《せな》、横腹《よこばら》、臀《いしき》、さら/\水《みづ》をかけてはさすつてくれる。
それがさ、骨《ほね》に通《とほ》つて冷《つめた》いかといふと然《さ》うではなかつた。暑《あつ》い時分《じぶん》ぢやが、理屈《りくつ》をいふと恁《か》うではあるまい、私《わし》の血《ち》が湧《わ》いたせいか、婦人《をんな》の温気《ぬくみ》か、手《て》で洗《あら》つてくれる水《みづ》が可《いゝ》工合《ぐあひ》に身《み》に染《し》みる、尤《もツと》も質《たち》の佳《い》い水《みづ》は柔《やはらか》ぢやさうな。
其《そ》の心地《こゝち》の得《え》もいはれなさで、眠気《ねむけ》がさしたでもあるまいが、うと/\する様子《やうす》で、疵《きず》の痛《いた》みがなくなつて気《き》が遠《とほ》くなつてひたと附《くツ》ついて居《ゐ》る婦人《をんな》の身体《からだ》で、私《わし》は花《はな》びらの中《なか》へ包《つゝ》まれたやうな工合《ぐあひ》。
山家《やまが》の者《もの》には肖合《にあ》はぬ、都《みやこ》にも希《まれ》な器量《きりやう》はいふに及《およ》ばぬが弱々《よわ/\》しさうな風采《ふう》ぢや、背《せなか》を流《なが》す内《うち》にもはツ/\と内証《ないしよう》で呼吸《いき》がはづむから、最《も》う断《ことは》らう/\と思《おも》ひながら、例《れい》の恍惚《うつとり》で、気《き》はつきながら洗《あら》はした。
其上《そのうへ》、山《やま》の気《き》か、女《をんな》の香《にほひ》か、ほんのりと佳《い》い薫《かほり》がする、私《わし》は背後《うしろ》でつく息《いき》ぢやらうと思《おも》つた。」
上人《しやうにん》は一寸《ちよいと》句切《くぎ》つて、
「いや、お前様《まんさま》お手近《てちか》ぢや、其《そ》の明《あかり》を掻立《かきた
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