す、気味《きみ》が悪《わる》うございますよ、すつぱり裸体《はだか》になつてお洗《あら》ひなさいまし、私《わたし》が流《なが》して上《あ》げませう。)
(否《いえ》、)
(否《いえ》ぢやあござんせぬ、それ、それ、お法衣《ころも》の袖《そで》に浸《ひた》るではありませんか、)といふと突然《いきなり》背後《うしろ》から帯《おび》に手《て》をかけて、身悶《みもだえ》をして縮《ちゞ》むのを、邪慳《じやけん》らしくすつぱり脱《ぬ》いで取《と》つた。
 私《わし》は師匠《ししやう》が厳《きびし》かつたし、経《きやう》を読《よ》む身体《からだ》ぢや、肌《はだ》さへ脱《ぬ》いだことはついぞ覚《おぼ》えぬ。然《しか》も婦人《をんな》の前《まへ》、蝸牛《まひ/\つぶろ》が城《しろ》を明《あ》け渡《わた》したやうで、口《くち》を利《き》くさへ、況《ま》して手足《てあし》のあがきも出来《でき》ず背中《せなか》を丸《まる》くして、膝《ひざ》を合《あ》はせて、縮《ちゞ》かまると、婦人《をんな》は脱《ぬ》がした法衣《ころも》を傍《かたはら》の枝《えだ》へふわりとかけた。
(お召《めし》は恁《か》うやつて置《お》きませう、さあお背《せな》を、あれさ、じつとして。お嬢様《ぢやうさま》と有仰《おつしや》つて下《くだ》さいましたお礼《れい》に、叔母《をば》さんが世話《せわ》を焼《や》くのでござんす、お人《ひと》の悪《わる》い、)といつて片袖《かたそで》を前歯《まへば》で引上《ひきあ》げ、
 玉《たま》のやうな二の腕《うで》をあからさまに背中《せなか》に乗《の》せたが、熟《じつ》と見《み》て、
(まあ、)
(何《ど》うかいたしてをりますか。)
(痣《あざ》のやうになつて一|面《めん》に。)
(えゝ、それでございます、酷《ひど》い目《め》に逢《あ》ひました。)
 思《おも》ひ出《だ》しても悚然《ぞツ》とするて。」

         第十五

「婦人《をんな》は驚《おどろ》いた顔《かほ》をして、
(それでは森《もり》の中《なか》で、大変《たいへん》でございますこと。旅《たび》をする人《ひと》が、飛騨《ひだ》の山《やま》では蛭《ひる》が降《ふ》るといふのは彼処《あすこ》でござんす。貴僧《あなた》は抜道《ぬけみち》を御存《ごぞん》じないから正面《まとも》に蛭《ひる》の巣《す》をお通《とほ》りなさいましたのでござい
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