ある。其中《そのなか》を潜《くゞ》つたが仰《あふ》ぐと梢《こずえ》に出《で》て白《しろ》い、月《つき》の形《かたち》は此処《ここ》でも別《べつ》にかはりは無《な》かつた、浮世《うきよ》は何処《どこ》にあるか十三夜《じふさんや》で。
 先《さき》へ立《た》つた婦人《をんな》の姿《すがた》が目《め》さきを放《はな》れたから、松《まつ》の幹《みき》に掴《つか》まつて覗《のぞ》くと、つい下《した》に居《ゐ》た。
 仰向《あふむ》いて、
(急《きふ》に低《ひく》くなりますから気《き》をつけて。こりや貴僧《あなた》には足駄《あしだ》では無理《むり》でございましたか不知《しら》、宜《よろ》しくば草履《ざうり》とお取交《とりか》へ申《まを》しませう。)
 立後《たちおく》れたのを歩行悩《あるきなや》んだと察《さつ》した様子《やうす》、何《なに》が扨《さて》転《ころ》げ落《お》ちても早《はや》く行《い》つて蛭《ひる》の垢《あか》を落《おと》したさ。
(何《なに》、いけませんければ跣足《はだし》になります分《ぶん》のこと、何卒《どうぞ》お構《かま》ひなく、嬢様《ぢやうさま》に御心配《ごしんぱい》をかけては済《す》みません。)
(あれ、嬢様《ぢやうさま》ですつて、)と稍《やゝ》調子《てうし》を高《たか》めて、艶麗《あでやか》に笑《わら》つた。
(唯《はい》、唯今《たゞいま》あの爺様《ぢいさん》が、然《さ》やう申《まを》しましたやうに存《ぞん》じますが、夫人《おくさま》でございますか。)
(何《なん》にしても貴僧《あなた》には叔母《をば》さん位《ぐらゐ》な年紀《とし》ですよ。まあ、お早《はや》くいらつしやい、草履《ざうり》も可《よ》うござんすけれど、刺《とげ》がさゝりますと不可《いけ》ません、それにじく/\湿《ぬ》れて居《ゐ》てお気味《きみ》が悪《わる》うございませうから)と向《むか》ふ向《むき》でいひながら衣服《きもの》の片褄《かたつま》をぐいとあげた。真白《まつしろ》なのが暗《くら》まぎれ、歩行《ある》くと霜《しも》が消《き》えて行《ゆ》くやうな。
 ずん/\ずん/\と道《みち》を下《お》りる、傍《かたはら》の叢《くさむら》から、のさ/\と出《で》たのは蟇《ひき》で。
(あれ、気味《きみ》が悪《わる》いよ。)といふと婦人《をんな》は背後《うしろ》へ高々《たか/″\》と踵《かがと》を上《
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