《まを》しますよ。)と顔《かほ》を見《み》て微笑《ほゝゑ》んだ。
(一人《ひとり》で参《まゐ》りませう、)と傍《わき》へ退《の》くと親仁《おやぢ》は吃々《くつ/\》と笑《わら》つて、
(はゝゝゝ、さあ早《はや》くいつてござらつせえ。)
(をぢ様《さん》、今日《けふ》はお前《まへ》、珍《めづ》らしいお客《きやく》がお二人《ふたかた》ござんした、恁《か》ふ云《い》ふ時《とき》はあとから又《また》見《み》えやうも知《し》れません、次郎《じらう》さんばかりでは来《き》た者《もの》が弱《よわ》んなさらう、私《わたし》が帰《かへ》るまで其処《そこ》に休《やす》んで居《ゐ》てをくれでないか。)
(可《い》いともの。)といひかけて親仁《おやぢ》は少年《せうねん》の傍《そば》へにぢり寄《よ》つて、鉄挺《かなてこ》を見《み》たやうな拳《こぶし》で、脊中《せなか》をどんとくらはした、白痴《ばか》の腹《はら》はだぶりとして、べそをかくやうな口《くち》つきで、にやりと笑《わら》ふ。
私《わし》は悚気《ぞツ》として面《おもて》を背《そむ》けたが婦人《をんな》は何気《なにげ》ない体《てい》であつた。
親仁《おやぢ》は大口《おほぐち》を開《あ》いて、
(留主《るす》におらが此《こ》の亭主《ていしゆ》を盗《ぬす》むぞよ。)
(はい、ならば手柄《てがら》でござんす、さあ、貴僧《あなた》参《まゐ》りませうか。)
背後《うしろ》から親仁《おやぢ》が見《み》るやうに思《おも》つたが、導《みちび》かるゝまゝに壁《かべ》について、彼《か》の紫陽花《あぢさい》のある方《はう》ではない。
軈《やが》て脊戸《せど》と思《おも》ふ処《ところ》で左《ひだり》に馬小屋《うまごや》を見《み》た、こと/\といふ物音《ものおと》は羽目《はめ》を蹴《け》るのであらう、もう其辺《そのへん》から薄暗《うすぐら》くなつて来《く》る。
(貴僧《あなた》、こゝから下《を》りるのでございます、辷《すべ》りはいたしませぬが道《みち》が酷《ひど》うございますからお静《しづか》に、)といふ。」
第十三
「其処《そこ》から下《お》りるのだと思《おも》はれる、松《まつ》の木《き》の細《ほそ》くツて度外《どはづ》れに背《せい》の高《たか》いひよろ/\した凡《およ》そ五六|間《けん》上《うへ》までは小枝《こえだ》一ツもないのが
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