のございます処《ところ》までは未《ま》だ何《ど》の位《くらゐ》ございませう。)」

         第十一

「(貴方《あなた》まだ八|里《り》余《あまり》でございますよ。)
(其他《そのほか》に別《べつ》に泊《と》めてくれます家《うち》もないのでせうか。)
(其《それ》はございません。)といひながら目《め》たゝきもしないで清《すゞ》しい目《め》で私《わし》の顔《かほ》をつく/″\見《み》て居《ゐ》た。
(いえもう何《なん》でございます、実《じつ》は此先《このさき》一|町《ちやう》行《ゆ》け、然《さ》うすれば上段《じやうだん》の室《へや》に寝《ね》かして一|晩《ばん》扇《あふ》いで居《ゐ》て其《それ》で功徳《くどく》のためにする家《うち》があると承《うけたまは》りましても、全《まツた》くの処《ところ》一|足《あし》も歩行《ある》けますのではございません、何処《どこ》の物置《ものおき》でも馬小屋《うまごや》の隅《すみ》でも宜《よ》いのでございますから後生《ごしやう》でございます。)と前刻《さツき》馬《うま》の嘶《いなゝ》いたのは此家《こゝ》より外《ほか》にはないと思《おも》つたから言《い》つた。
 婦人《をんな》は暫《しばら》く考《かんが》へて居《ゐ》たが、弗《ふ》と傍《わき》を向《む》いて布《ぬの》の袋《ふくろ》を取《と》つて、膝《ひざ》のあたりに置《お》いた桶《をけ》の中《なか》へざら/\と一|巾《はゞ》、水《みづ》を溢《こぼ》すやうにあけて縁《ふち》をおさへて、手《て》で掬《すく》つて俯向《うつむ》いて見《み》たが、
(あゝ、お泊《と》め申《まを》しましやう、丁度《ちやうど》炊《た》いてあげますほどお米《こめ》もございますから、其《それ》に夏《なつ》のことで、山家《やまが》は冷《ひ》えましても夜《よる》のものに御不自由《ごふじいう》もござんすまい。さあ、左《と》も右《かく》もあなたお上《あが》り遊《あそ》ばして。)
といふと言葉《ことば》の切《き》れぬ先《さき》にどつかり腰《こし》を落《おと》した。婦人《をんな》は衝《つ》と身《み》を起《おこ》して立《た》つて来《き》て、
(御坊様《おばうさま》、それでござんすが一寸《ちよつと》お断《ことは》り申《まを》して置《お》かねばなりません。)
 判然《はツきり》いはれたので私《わし》はびく/\もので、
(唯《はい》、
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