《おなじ》形《かたち》をした、巾《はゞ》が五|分《ぶ》、丈《たけ》が三|寸《ずん》ばかりの山海鼠《やまなまこ》。
 呆気《あつけ》に取《とら》れて見《み》る/\内《うち》に、下《した》の方《はう》から縮《ちゞ》みながら、ぶくぶくと太《ふと》つて行《ゆ》くのは生血《いきち》をしたゝかに吸込《すひこ》む所為《せゐ》で、濁《にご》つた黒《くろ》い滑《なめ》らかな肌《はだ》に茶褐色《ちやかツしよく》の縞《しま》をもつた、痣胡瓜《いぼきうり》のやうな血《ち》を取《と》る動物《どうぶつ》、此奴《こいつ》は蛭《ひる》ぢやよ。
 誰《た》が目《め》にも見違《みちが》へるわけのものではないが図抜《づぬけ》て余《あま》り大《おほき》いから一寸《ちよツと》は気《き》がつかぬであつた、何《なん》の畠《はたけ》でも、甚麼《どんな》履歴《りれき》のある沼《ぬま》でも、此位《このくらゐ》な蛭《ひる》はあらうとは思《おも》はれぬ。
 肱《ひぢ》をばさりと振《ふつ》たけれども、よく喰込《くひこ》んだと見《み》えてなかなか放《はな》れさうにしないから不気味《ぶきみ》ながら手《て》で抓《つま》んで引切《ひツき》ると、ぶつりといつてやう/\取《と》れる暫時《しばらく》も耐《たま》つたものではない、突然《とつぜん》取《と》つて大地《だいぢ》へ叩《たゝ》きつけると、これほどの奴等《やつら》が何万《なんまん》となく巣《す》をくつて我《わが》ものにして居《ゐ》やうといふ処《ところ》、予《かね》て其《そ》の用意《ようい》はして居《ゐ》ると思《おも》はれるばかり、日《ひ》のあたらぬ森《もり》の中《なか》の土《つち》は柔《やはらか》い、潰《つぶ》れさうにもないのぢや。
 と最早《もは》や頷《えり》のあたりがむづ/\して来《き》た、平手《ひらて》で扱《こい》て見《み》ると横撫《よこなで》に蛭《ひる》の背《せな》をぬる/\とすべるといふ、やあ、乳《ちゝ》の下《した》へ潜《ひそ》んで帯《おび》の間《あひだ》にも一|疋《ぴき》、蒼《あを》くなつてそツと見《み》ると肩《かた》の上《うへ》にも一|筋《すぢ》。
 思《おも》はず飛上《とびあが》つて総身《そうしん》を震《ふる》ひながら此《こ》の大枝《おほえだ》の下《した》を一|散《さん》にかけぬけて、走《はし》りながら先《まづ》心覚《こゝろおぼえ》の奴《やつ》だけは夢中《むちう》でも
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