ところ》を走《はし》るので。ともすると又《また》常盤木《ときはぎ》が落葉《おちば》する、何《なん》の樹《き》とも知《し》れずばら/″\と鳴《な》り、かさかさと音《おと》がしてぱつと檜笠《ひのきがさ》にかゝることもある、或《あるひ》は行過《ゆきす》ぎた背後《うしろ》へこぼれるのもある、其等《それら》は枝《えだ》から枝《えだ》に溜《たま》つて居《ゐ》て何十年《なんじうねん》ぶりではじめて地《つち》の上《うへ》まで落《おち》るのか分《わか》らぬ。」
第八
「心細《こゝろぼそ》さは申《もを》すまでもなかつたが、卑怯《ひけふ》な様《やう》でも修業《しゆげふ》の積《つ》まぬ身《み》には、恁云《かうい》ふ暗《くら》い処《ところ》の方《はう》が却《かへ》つて観念《くわんねん》に便《たより》が宜《よ》い。何《なに》しろ体《からだ》が凌《しの》ぎよくなつたゝめに足《あし》の弱《よわり》も忘《わす》れたので、道《みち》も大《おほ》きに捗取《はかど》つて、先《ま》づこれで七|分《ぶ》は森《もり》の中《なか》を越《こ》したらうと思《おも》ふ処《ところ》で、五六|尺《しやく》天窓《あたま》の上《うへ》らしかつた樹《き》の枝《えだ》から、ぼたりと笠《かさ》の上《うへ》へ落《お》ち留《と》まつたものがある。
鉛《なまり》の重《おもり》かとおもふ心持《こゝろもち》、何《なに》か木《き》の実《み》でゞもあるか知《し》らんと、二三|度《ど》振《ふつ》て見《み》たが附着《くツつ》いて居《ゐ》て其《その》まゝには取《と》れないから、何心《なにごゝろ》なく手《て》をやつて掴《つか》むと、滑《なめ》らかに冷《ひや》りと来《き》た。
見《み》ると海鼠《なまこ》を裂《さい》たやうな目《め》も口《くち》もない者《もの》ぢやが、動物《どうぶつ》には違《ちが》ひない。不気味《ぶきみ》で投出《なげだ》さうとするとずる/″\と辷《すべ》つて指《ゆび》の尖《さき》へ吸《すひ》ついてぶらりと下《さが》つた其《そ》の放《はな》れた指《ゆび》の尖《さき》から真赤《まつか》な美《うつく》しい血《ち》が垂々《たら/\》と出《で》たから、吃驚《びツくり》して目《め》の下《した》へ指《ゆび》をつけてじつと見《み》ると、今《いま》折曲《をりま》げた肱《ひぢ》の処《ところ》へつるりと垂懸《たれかゝ》つて居《ゐ》るのは同
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