ばひ》だらけぢやあるまいか。
(もし、姉《ねえ》さん。)といつて茶店《ちやみせ》の女《をんな》に、
(此《この》水《みづ》はこりや井戸《ゐど》のでござりますか。)と、極《きま》りも悪《わる》し、もじ/\聞《き》くとの。
(いんね川《かは》のでございす。)といふ、はて面妖《めんえう》なと思《おも》つた。
(山《やま》したの方《はう》には大分《だいぶ》流行病《はやりやまひ》がございますが、此《この》水《みづ》は何《なに》から、辻《つぢ》の方《はう》から流《なが》れて来《く》るのではありませんか。)
(然《さ》うでねえ。)と女《をんな》は何気《なにげ》なく答《こた》へた、先《ま》づ嬉《うれ》しやと思《おも》ふと、お聞《き》きなさいよ。
 此処《こゝ》に居《ゐ》て先刻《さツき》から休《や》すんでござつたのが、右《みぎ》の売薬《ばいやく》ぢや。此《こ》の又《また》万金丹《まんきんたん》の下廻《したまはり》と来《き》た日《ひ》には、御存《ごぞん》じの通《とほ》り、千筋《せんすぢ》の単衣《ひとへ》に小倉《こくら》の帯《おび》、当節《たうせつ》は時計《とけい》を挟《はさ》んで居《ゐ》ます、脚絆《きやはん》、股引《もゝひき》、之《これ》は勿論《もちろん》、草鞋《わらぢ》がけ、千草木綿《ちくさもめん》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》の角《かど》ばつたのを首《くび》に結《ゆは》へて、桐油合羽《とういうがつぱ》を小《ちい》さく畳《たゝ》んで此奴《こいつ》を真田紐《さなだひも》で右《みぎ》の包《つゝみ》につけるか、小弁慶《こべんけい》の木綿《もめん》の蝙蝠傘《かうもりがさ》を一|本《ぽん》、お極《きまり》だね。一寸《ちよいと》見《み》ると、いやどれもこれも克明《こくめい》で、分別《ふんべつ》のありさうな顔《かほ》をして。これが泊《とまり》に着《つ》くと、大形《おほがた》の裕衣《ゆかた》に変《かは》つて、帯広解《おびひろげ》で焼酎《せうちう》をちびり/\遣《や》りながら、旅籠屋《はたごや》の女《をんな》のふとつた膝《ひざ》へ脛《すね》を上《あ》げやうといふ輩《やから》ぢや。
(これや、法界坊《はふかいばう》、)
 なんて、天窓《あたま》から嘗《な》めて居《ゐ》ら。
(異《おつ》なことをいふやうだが何《なに》かね世《よ》の中《なか》の女《をんな》が出来《でき》ねえと相場《さうば》が極《きま》つて、す
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