》いの、聞《き》かつしやい、と言《いつ》て語《かた》り出《だ》した。後《あと》で聞《き》くと宗門《しうもん》名誉《めいよ》の説教師《せつけうし》で、六明寺《りくみんじ》の宗朝《しうてう》といふ大和尚《だいおしやう》であつたさうな。

         第三

「今《いま》に最《も》う一人《ひとり》此処《こゝ》へ来《き》て寝《ね》るさうぢやが、お前様《まへさま》と同国《どうこく》ぢやの、若狭《わかさ》の者《もの》で塗物《ぬりもの》の旅商人《たびあきうど》。いや此《こ》の男《をとこ》なぞは若《わか》いが感心《かんしん》に実体《じつてい》な好《い》い男《をとこ》。
 私《わし》が今《いま》話《はなし》の序開《じよびらき》をした其《そ》の飛騨《ひだ》の山越《やまごえ》を遣《や》つた時《とき》の、麓《ふもと》の茶屋《ちやゝ》で一|所《しよ》になつた富山《とやま》の売薬《ばいやく》といふ奴《やつ》あ、けたいの悪《わる》い、ねぢ/\した厭《いや》な壮佼《わかいもの》で。
 先《ま》づこれから峠《たうげ》に掛《かゝ》らうといふ日《ひ》の、朝早《あさはや》く、尤《もつと》も先《せん》の泊《とまり》はものゝ三|時《じ》位《ぐらゐ》には発《た》つて来《き》たので、涼《すゞし》い内《うち》に六|里《り》ばかり、其《そ》の茶屋《ちやゝ》までのしたのぢやが、朝晴《あさばれ》でぢり/\暑《あつ》いわ。
 慾張抜《よくばりぬ》いて大急《おほいそ》ぎで歩《ある》いたから咽《のど》が渇《かは》いて為様《しやう》があるまい早速《さつそく》茶《ちや》を飲《のま》うと思《おも》ふたが、まだ湯《ゆ》が沸《わ》いて居《を》らぬといふ。
 何《ど》うして其《その》時分《じぶん》ぢやからといふて、滅多《めツた》に人通《ひとどほり》のない山道《やまみち》、朝顔《あさがほ》の咲《さ》いてる内《うち》に煙《けぶり》が立《た》つ道理《だうり》もなし。
 床几《しやうぎ》の前《まへ》には冷《つめ》たさうな小流《こながれ》があつたから手桶《てをけ》の水《みづ》を汲《く》まうとして一寸《ちよいと》気《き》がついた。
 其《それ》といふのが、時節柄《じせつがら》暑《あつ》さのため、可恐《おそろし》い悪《わる》い病《やまひ》が流行《はや》つて、先《さき》に通《とほ》つた辻《つじ》などといふ村《むら》は、から一|面《めん》に石灰《いし
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