長く、斧を片手に、掌《てのひら》にその月を捧げて立てる姿は、潟《かた》も川も爪《つま》さきに捌《さば》く、銀河に紫陽花《あじさい》の花籠《はなかご》を、かざして立てる女神《じょしん》であつた。
 顧《かえり》みて、
「ほゝゝ。」
 微笑《ほほえ》むと斉《ひと》しく、姿は消えた。

 壁の裏が行方《ゆくえ》であらう。その破目《やれめ》に、十七日の月は西に傾いたが、夜《よる》深く照りまさつて、拭《ぬぐ》ふべき霧もかけず、雨も風もあともない。
 這《は》へる蔦《つた》の白露《しらつゆ》が浮いて、村遠き森が沈んだ。

 皎々《こうこう》として、夏も覚えぬ。夜ふけのつゝみを、一行は舟を捨てて、鯰《なまず》と、鰡《ぼら》とが、寺詣《てらまいり》をする状《さま》に、しよぼ/\と辿《たど》つて帰つた。
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ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
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「しいツ。」
「此処《ここ》だ……」
「先刻《さっき》の処《ところ》。」
 と、声の下で、囁《ささや》きつれると、船頭が真先《まっさき》に、続いて
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