くさ。」
 太夫《たゆう》たちも声を合せた。
 不思議に、蛍火《ほたるび》の消えないやうに、小さな簪《かんざし》のほのめくのを、雨と風と、人と水の香《か》と、入乱《いりみだ》れた、真暗《まっくら》な土間《どま》に微《かすか》に認めたのである。
「あゝ、うつかりして忘れて居ました。船へ置いて来た、取つて来ませう。」
「ついでに、重詰《じゅうづめ》を願ひてえ。一升罎《いっしょうびん》は攫《さら》つて来た。」
 と黒男《くろおとこ》が、うは言《ごと》のやうに言ふ間《ま》もあらせず、
「やあ、水が来た、波が来た。……薄馬鹿《うすばか》が水に乗つて来た。」
 と青坊主《あおぼうず》がひよろ/\と爪立《つまだ》つて逃げあるく。
「お仏壇ぢや、お仏壇ぢや、お仏壇へ線香ぢや。」
「はい、取つて来ましたよ。」
 と言ふ、娘の手にした畚《びく》を溢《あふ》れて、湧《わ》く影は、青いさゝ蟹《がに》の群れて輝くばかりである。
「光を……月を……影を……今。」
 と凜《りん》と言ふと、畚を取つて身構へた。向へる壁の煤《すす》も破《やれ》めも、はや、ほの明るく映さるゝそのたゞ中へ、袂《たもと》を払つてパツと投げた
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