着けろ、早くつけてくれ。」
昼は潟魚《かたうお》の市《いち》も小さく立つ。――村の若い衆の遊び処《どこ》へ、艪数《ろかず》三十とはなかつたから、船の難はなかつた。が、堤尻《どてじり》を駈上《かけあが》つて、掛茶屋《かけぢゃや》を、やゝ念入りな、間近《まぢか》な一《いち》ぜんめし屋へ飛込《とびこ》んだ時は、此の十七日の月の気勢《けはい》も留《と》めぬ、さながらの闇夜《あんや》と成つて、篠《しの》つく雨に風が荒《すさ》んだ。
侘《わび》しい電燈さへ、一点燭《いってんしょく》の影もない。
めし屋の亭主は、行燈《あんどう》とも、蝋燭《ろうそく》とも言はず、真裸《まっぱだか》で慌《あわ》て惑《まど》つて、
「お仏壇へ線香ぢや、線香ぢや。」
と、ふんどしを絞つて喚《わめ》いた。
恁《かか》る田舎《いなか》も、文明に馴《な》れて、近頃は……余分には蝋燭の用意もないのである。
「……然《そ》うだ、姉《あね》え。恁《こ》う言ふ時だ、掬《しゃく》つた月影は何《ど》うしたい。」
と、座長の角面《かくづら》がつゞけ状《ざま》に舌打《したうち》をしながら言つた。
「真個《ほんとう》だわ。」
「まつた
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