ったが、ふ、ふふん、と鼻の音をさせて、膝の下へ組手のまま、腰を振って、さあ、たしか鍋《なべ》の列のちょうど土間へ曲角の、火の気の赫《かっ》と強い、その鍋の前へ立つと、しゃんと伸びて、肱《ひじ》を張り、湯気のむらむらと立つ中へ、いきなり、くしゃくしゃの顔を突込《つっこ》んだ。
 が、ばっと音を立てて引抜いた灰汁《あく》の面《つら》と、べとりと真黄色《まっきいろ》に附着《くッつ》いた、豆府の皮と、どっちの皺《しわ》ぞ! 這《は》ったように、低く踞《しゃが》んで、その湯葉の、長い顔を、目鼻もなしに、ぬっと擡《もた》げた。
 口のあたりが、びくりと動き、苔《こけ》の青い舌を長く吐いて、見よ見よ、べろべろと舐《な》め下ろすと、湯葉は、ずり下《さが》り、めくれ下《お》り、黒い目金と、耳までのマスクで、口が開いた、その白い顔は、湯葉一枚を二倍にして、土間の真中《まんなか》に大きい。
 同時に、蛇のように、再び舌が畝《うね》って舐め廻すと、ぐしゃぐしゃと顔一面、山女《あけび》を潰《つぶ》して真赤《まっか》になった。
 お町の肩を、両手でしっかとしめていて、一つ所に固《かたま》った、我が足がよろめいて、
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