自分がドシンと倒れたかと思う。名古屋の客は、前のめりに、近く、第一の銅鍋の沸上った中へ面《おもて》を捺《お》して突伏《つっぷ》した。
「あッ。」
片手で袖を握《つか》んだ時、布子の裾のこわばった尖端《とっさき》がくるりと刎《は》ねて、媼《ばばあ》の尻が片隅へ暗くかくれた。竈《かまど》の火は、炎を潜めて、一時《いっとき》に皆消えた。
同時に、雨がまた迫るように、窓の黒さが風に動いて、装《も》り上ったように見透かさるる市街に、暮早き電燈の影があかく立って、銅《あかがね》の鍋は一つ一つ、稲妻に似てぴかぴかと光った。
足許も定まらない。土間の皺《しわ》が裂けるかと思う時、ひいても離れなかった名古屋の客の顔が、湯気を飛ばして、辛うじて上るとともに、ぴちぴちと魚《うお》のごとく、手足を刎《は》ねて、どっと倒れた。両腋を抱いて、抱起した、その色は、火の皮の膨れた上に、爛《ただれ》が紫の皺を、波打って、動いたのである。
市《いち》のあたりの人声、この時|賑《にぎや》かに、古椎《ふるしい》の梢《こずえ》の、ざわざわと鳴る風の腥蕈《なまぐさ》さ。
――病院は、ことさらに、お藻代の時とちがった、他
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