、また五つばかり銅《あかがね》の角鍋が並んで、中に液体だけは湛《たた》えたのに、青桐《あおぎり》の葉が枯れつつ映っていた。月も十五に影を宿すであろう。出ようとすると、向うの端から、ちらちらと点《つ》いて、次第に竈《かまど》に火が廻った。電気か、瓦斯《がす》を使うのか、ほとんど五彩である。ぱッと燃えはじめた。
 この火が、一度に廻ると、カアテンを下ろしたように、窓が黒くなって、おかしな事には、立っている土間にひだを打って、皺《しわ》が出来て、濡色に光沢《つや》が出た。
 お町が、しっかりと手を取った。
 背後《うしろ》から、
「失礼ですが、貴方《あなた》……」
 前刻《さっき》の蓮根市《はすいち》の影法師が、旅装で、白皙《はくせき》の紳士になり、且つ指環《ゆびわ》を、竈《かまど》の火に彩られて顕《あら》われた。
「おお、これは。」
 名古屋に時めく大資産家の婿君で、某学校の教授と、人の知る……すなわち、以前、この蓮池邸《はすいけやしき》の坊ちゃんであった。
「見覚えがおありでしょう。」
 と斜《ななめ》に向って、お町にいった。
「まあ。」
 時めく婿は、帽子《ソフト》を手にして、
「後刻
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