《よ》の白みかかった時だっていうんですもの。もっとも(幽《かすか》なお月様の影をたよりに)そうかいてもあるんですけれども。一旦座敷へ帰ったんです。一生懸命、一大事、何かの時、魂も心も消えるといえば、姿だって、消えますわ。――三枚目の大男の目をまわしているまわりへ集まった連中の前は、霧のように、スッと通って、悠然と筧で手水をしたでしょう。」
「もの凄《すご》い。」
「でも、分らないのは、――新聞にも出ましたけれど、ちゃんと裾腰《すそごし》のたしなみはしてあるのに、衣《き》ものは、肌まで通って、ぐっしょり、ずぶ濡れだったんですって。……水ごりでも取りましたか、それとも途中の小川へでも落ちたんでしょうか。」
「ああ、縁台が濡れる。」
と、お町の手を取って、位置を直して、慎重に言った。
「それにね、首……顔がないんです。あの、冷いほど、真白《まっしろ》な、乳も、腰も、手足も残して。……微塵《みじん》に轢《ひ》かれたんでしょう。血の池で、白魚が湧《わ》いたように、お藻代さんの、顔だの、頬だのが。
堤防《どて》を離れた、電信のはりがねの上の、あの辺……崖の中途の椎《しい》の枝に、飛上った黒髪が
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