済んで、そのうぐい提灯で送って出ると、折戸を前にして、名古屋の客が動かなくなった。落雁の芸妓を呼びに廓へ行く。是非送れ、お藻代さん。……一見は利かずとも、電話で言込めば、と云っても、威勢よく酒の機嫌で承知をしない。そうして、袖たけの松の樹のように動かない。そんな事で、誘われるような婦《おんな》ではなかったのに、どういう縁か、それでは、おかみさんに聞いて許しを得て。……で、おも屋に引返したあとを、お町がいう処の、墓所《はかしょ》の白張のような提灯を枝にかけて、しばらく待った。その薄い灯《あかり》で、今度は、蕈《きのこ》が化けた状《さま》で、帽子を仰向《あおむ》けに踞《しゃが》んでいて待つ。
 やがて、出て来た時、お藻代は薄化粧をして、長襦袢《ながじゅばん》を着換えていた。
 その長襦袢で……明保野で寝たのであるが、朱鷺色《ときいろ》の薄いのに雪輪を白く抜いた友染である。径《みち》に、ちらちらと、この友染が、小提灯で、川風が水に添い、野茨《のばら》、卯《う》の花。且つちり乱るる、山裾の草にほのめいた時は、向瀬《むこうせ》の流れも、低い磧《かわら》の撫子《なでしこ》を越して、駒下駄に寄ったろ
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