う。……

 風が、どっと吹いて、蓮根市の土間は廂下《ひさしさが》りに五月闇《さつきやみ》のように暗くなった。一雨来よう。組合わせた五百羅漢の腕が動いて、二人を抱込《かかえこ》みそうである。
 どうも話が及腰《およびごし》になる。二人でその形に、並んで立ってもらいたい。その形、……その姿で。……お町さんとかも、褄端折をおろさずに。――お藻代も、道芝の露に裳《もすそ》を引揚げたというのであるから。
 一体黒い外套氏が、いい年をした癖に、悪く色気があって、今しがた明保野の娘が、お藻代の白い手に怯《おび》えて取縋った時は、内々で、一抱き柔《やわら》かな胸を抱込《だきこ》んだろう。……ばかりでない。はじめ、連立って、ここへ庭樹の多い士族町を通る間に――その昔、江戸護持院ヶ原の野仏《のぼとけ》だった地蔵様が、負《おぶ》われて行こう……と朧夜《おぼろよ》にニコリと笑って申されたを、通りがかった当藩三百石、究竟《くっきょう》の勇士が、そのまま中仙道北陸道を負《おぶ》い通いて帰国した、と言伝えて、その負さりたもうた腹部の中窪《なかくぼ》みな、御丈《みたけ》、丈余《じょうよ》の地蔵尊を、古邸《ふるやしき
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