まるまげ》が重そうに俯向《うつむ》いた。――嫋《なよや》かな女だというから、その容子《ようす》は想像に難くない。欄干に青柳の枝垂《しだ》るる裡《なか》に、例の一尺の岩魚《いわな》。※[#「魚+成」、第3水準1−94−43]《うぐい》と蓴菜《じゅんさい》の酢味噌。胡桃《くるみ》と、飴煮《あめに》の鮴《ごり》の鉢、鮴とせん牛蒡《ごぼう》の椀なんど、膳を前にした光景が目前《めさき》にある。……
「これだけは、密《そっ》と取りのけて、お客様には、お目に掛けませんのに、どうして交っていたのでございましょうね。」――

「いや、どうもその時の容子《ようす》といったら。」――
 名古屋の客は、あとで、廓の明保野で――落雁で馴染の芸妓を二三人一座に――そう云って、燥《はしゃ》ぎもしたのだそうで。
 落雁を寄進の芸妓連が、……女中頭ではあるし、披露《ひろ》めのためなんだから、美しく婀娜《あだ》なお藻代の名だけは、なか間の先頭にかき込んでおくのであった。
 ――断るまでもないが、昨日《きのう》の外套氏の時の落雁には、もはやお藻代の名だけはなかった。――
 さて、至極古風な、字のよく読めない勘定がきの受取が
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